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公募展で入選しました

画像は途中経過ですが
県展でこの完成版作品が入選しました。
サイズはS100なのでそれなりに大きいですね。

タイトルは「神のプロトコル」。

作品コンセプトは
「命を繋ぎ育てることは人智を超えた神の営みである。
胎児という少々生々しいイメージを用いながらも
薔薇や天使といった祝福のエネルギーを感じさせるモチーフにより
ある種の恍惚感へ誘う画面づくりを目指しました。
生命のシンボルとして蝶を用いながら
魂が永遠に受け継がれていく事の表現を目指しています。」

昨年も入選しましたが、それは過去何度もネットにアップしたことがあるので
どこかに落ちてるかもしれませんが、
そちらのコンセプトは以下の通りです。

「命の象徴として薔薇と蝶を描き、
幼虫が成虫に成長してやがて朽ち果てることをイメージしながら
永遠に命が繋がれていくことを表現しています。」

なので昨年出品した作品のタイトルは
「エターナル・リ・インカネーション」です。

このエターナル・リ・インカネーションは
実は2005年に美大通信教育における卒業制作として描いたものなので
10年以上前の作品です。

それを昨年、県展に出品し入選、
そして今年は新たに制作し入選したという経緯です。

自分の作品テーマが「天国」とこの「命を繋ぐ事」
一応一貫しているのではないかと思っています。

で、今年の県展の結果を見て、
「なんだか正直とても嫌な」気持ちになりました。

なぜならば、
蝶をモチーフとして描かれ、
更にコメントに「命が繋がれていく」という作品が芸術祭賞に選ばれていたからです。

被ってるし。

審査員のコメントの中に
毎年審査が楽しみですという言葉があったので
私の去年のコンセプトは読んでるはずなのです。
もちろん今年のコンセプトも。

その上でなんだかものすごく被せてきてるので

私は去年初めてこの県展に出品してみたのですが
その翌年にこういう似たコンセプトで出してくるというのは
果たして偶然なのでしょうか。

アイディアやコンセプトを持っていかれ、
更にそれをオリジナルであるとして賞を与えてるわけですから

こちらが取り組んできたテーマを横取りされた感満載です。

いわゆる潰し行為に近いという印象です。

思いっきりどマイナーな狭い世界なので
去年の私のコンセプトと丸被りだと萎えるなんてもんじゃありません。
おそらく下々の者の出品作品など、肥やしや養分程度にしか考えていないのでしょう。
どうせ何も言ってこないから何やったって平気平気へっちゃらなのでしょう。

そして人のアイディアに便乗し
人のコンセプトを食べることで生きながらえるゾンビのような存在ですね。
コンセプトから打ち出すのにどれほど苦労していることか。

0から1を生み出すオリジナルを打ち出す努力は
描く行為以上に生みの苦しみを伴う大変な作業だというのに。

そしてコンセプトだけでなく
モチーフも蝶で被っているし、

更にあえていうなら炎に身を投じる蝶は
日本画家の速水 御舟の「炎舞」にも被っています。
(私はそんなに美術史に詳しくないけれど蝶の絵はいくつか調べたので)

インスタント感でやってるとこういう点でもボロが出るものです。

そうやって他人の生み出したものに便乗して
さもオリジナル作家のように振る舞う既得権の大盤振る舞いの陰で
潰された才能が沢山あったのだろうなと思わずにはいられない、
何だかとても残念な気持ちにさせられる公募展でした。

こんな風に中途半端にアイディアやコンセプトを盗まれるなら

立場上知り得た他人のアイディアに対する守秘義務の意識も低いでしょうし

毎年出品する「常連さん」という表現を用いていた点を考えると
審査における公平性が果たして保証されているのか、その点から疑わしく感じます。

これらの状況から
こんな公募展、嫌です。

こうやって
枯れてる人たちが
他人の生き血を吸って生きている世界なんだなと
不快に感じましたので
あえて作品とコンセプトをネット上にアップしてみました。

お爺ちゃんお婆ちゃんはネットをしないので
ネット上にアップすることの意味も理解できないでしょうけど、

今まではそうやって内々に他人の生き血を吸って
弱き立場の者から安直に吸い上げ成功したでしょうけど

弱き立場側がネットにアップすることで
少なくとも今後安易に人のアイディアを我が物顔で使用したりするものなら
大いなる赤っ恥に繋がります。

既にそのような緻密な記録の世界の住人なので
そのシステムを生かした公平なアプローチを主催者側も実装するのが筋です。

画像と作品コンセプトをアップすればいいだけなのですから。
PDFファイルだと検索で拾えないので検索できる仕組みでやるべきですね。

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